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大阪高等裁判所 平成元年(行ス)4号 決定

主文

原決定主文第一項を取り消す。

相手方らの原決定の別紙文書目録記載の各文書についての文書提出命令の申立を却下する。

理由

一  本件抗告の趣旨及び理由は別紙記載のとおりである。

二  本件記録によれば、次の事実が認められる。

1  本件の本案訴訟(神戸地方裁判所(行ウ)第一二号)における相手方(原告)らの主張の要旨は、「相手方らは、抗告人から昭和五六年七月二七日付で円山川水系の円山川・出石川合流点付近の砂利等の採取について、期間を翌昭和五七年一月一〇日までとする河川法上の許可及び砂利採取法上の認可を受け、設備を投資し、従業員を雇用して砂利採取の事業を開始した。右期間は昭和五七年一月九日付で同年三月二〇日まで延長されたが、事業が軌道に乗る状況になったところで、右許認可の期限が到来した。相手方らは引続き砂利採取の河川法上の許可及び砂利採取法上の認可を受けるべく、同月二七日付で、砂利採取の場所、面積、採取量等を示して抗告人にその申請したが、その後、河川法上の許可申請についてはなんら処分がなく、砂利採取法上の認可申請については河川法上の許可申請が不許可処分となったという理由で昭和五八年二月四日付で不認可処分がなされた。そこで、相手方らは、抗告人、建設大臣及び国を被告として、河川法上の許可申請については処分をしないことの違法、砂利採取法上の認可申請については不認可処分の違法等を理由として、河川法上の許可申請に対する不作為の違法確認、不認可処分の取消し並びに損害賠償請求等を求める。」というものである。

これに対し、抗告人を含む被告らは、河川法上の不許可処分及び砂利採取法上の不認可処分の適法性について、「本件許可・認可は河川管理者の裁量処分であるから、裁量権の行使に濫用・逸脱がなければ取り消すことができない。相手方らが申請した砂利採取場は、その中心部に円山川の改修工事によって築造された導流堤が現存し、これに河川管理施設たる護岸が施工されている上、導流堤の先端部の下流側には合流点調整の効用を有する有益な推積土砂が存在する区域であるから、本件許認可申請に係る砂利採取計画は、河川管理施設の本体及びそ付属物ともいうべき状態を破壊しようとするものである。本件申請箇所を掘削すれば、洪水時に出石川の水勢が円山川の護岸のない箇所を直撃するおそれがあり、合流点付近等の河床変動及び流況の変化により河川管理施設への影響が予測されることから、河川管理上適正を期することができない。したがって、相手方らの本件許認可申請を不許可・不認可としたことは適法である。」旨主張して相手方らの主張を争っている。

2  相手方らは、相手方ら申請区域が砂利採取禁止区域に該当していないこと及び掘削可能量の範囲内であることを「証すべき事実」として、抗告人の所持する原決定添付申立書の一の(1)、(2)の文書につき民事訴訟法第三一二条三号に基づき文書提出命令を申立てた。原審は原決定添付文書目録記載の各文書(円山川流域における昭和五七年、同五八年の砂利採取規制計画及び付属書類、以下「本件文書」という。)について右申立を認容し、その余を却下したところ、抗告人が本件抗告に及んだものである。

3  本件文書は、建設事務次官が各地方建設局長らに対し、適正な河川管理のもとに砂利採取を計画的に行わせるなどして総合的な河川砂利対策を推進するために発出した通達である。「河川砂利基本対策要綱」(乙第一三号証)に基づき、その具体的な措置の一つとして建設事務次官が各地方建設局長らに対し発出した通達である「砂利等採取許可準則」(以下「許可準則」という。乙第一四号証)第九の第一項に基づいて作成されたものである。すなわち、許可準則第九の第一項は、砂利等の採取に関し河川管理上規則が必要と認められる河川の区間に係る採取の許可は、当該区間毎に河川管理者が定める規則計画に基づいてしなければならないものとしており、円山川の河川管理者たる抗告人が、右許可準則に基づき円山川について 「対象区間」「規制の方針」「禁止区域」「掘削可能量及び採取可能量」等の事項(第九の第三項)につき予め策定した規則計画を記載した文書が本件文書である。

そして、許可準則によれば、抗告人及びその事務を行う豊岡工事事務所長が円山川の規制区間に係る砂利採取の河川法上の許可及び砂利採取法上の認可をするに当たっては、右規制計画に基づいてしなければならないとされている。(第九の第一項)。

三  そこで、本件文書が民事訴訟法第三一二条三号前段、後段の文書に該当するかについて、検討する。

1  まず、民事訴訟法第三一二条の趣旨が、証拠面での当事者対等の実現、訴訟における真実の発見等の観点から、文書の所持者の有する文書の処分自由の原則に対する例外を定めるとともに、他方、提出義務の範囲を同条同号所定の範囲に限定して文書の所持者に不当な不利益が及ぶことを避けようとするところにあると解されることに照らせば、同条三号前段にいう「挙証者ノ利益ノ為二作成セラレ」た文書とは、挙証者の法的地位や権限を直接証明し、又はこれを基礎づける目的で作成された文書であって、文書作成の時点で利益の主体が特定されていることを要すると解するのが相当である。

本件文書は、前認定のとおり抗告人が河川法上の許可及び砂利採取法上の認可をなすにあたっての内部基準として予め作成されたものであるから、本件文書作成時点において利益の主体が相手方らに特定されていた訳ではなく、これが相手方らの法的地位や権限を直接証明し、又はこれを基礎づける目的で作成された文書でないことは明らかである。

したがって、本件文書は民事訴訟法第三一二条前段の文書に該当しないものというべきである。

2  次に民事訴訟法第三一二条第三号後段にいう「挙証者卜文書ノ所持者トノ法律関係ニ付」き作成された文書には、前記同条の趣旨に照らせば、挙証者と文書所持者との間に成立する法律関係自体が記載されている文書のみならず、右法律関係と密接な関連性を有する文書も含まれるが、その文書が共通文書として、挙証者と所持者その他の者の共同の目的・利用のために作成されたものであることを要し、所持者がもっぱら自己使用のために作成した内部文書は含まれないと解するのが相当である。

ところで、本件においては、挙証者が本件許可申請に対する不作為及び本件不認可処分の相手方であって、行政実体法上適正な処分を受けうる地位が付与されているから、相手方らと抗告人との間には右不作為及び不認可処分に関する法律関係が存在するということができる。しかし、前認定のとおり本件文書は、建設事務次官が発出した通達に基づいて抗告人が砂利採取を許可する場合の内部基準として予め定めたものであって、右不作為及び不認可処分によって生じた相手方らと抗告人らとの間の個別、具体的法律関係について作成されたものではなく、また、右個別、具体的法律関係が形成される過程で作成されたものでもないのであって、本件文書が相手方らと抗告人との間の法律関係自体が記載されている文書、もしくは右法律関係と密接な関連性を有する文書ということはできず、むしろ、本件文書は、建設事務次官が河川管理者たる抗告人の事務を監督するために発出した建設省の内部の職務上の命令に基づいて作成されたものであって、本件文書の作成を義務づける明文の規定は、河川法、砂利採取法等の法令に存在しない上、抗告人及びその事務を行う豊岡工事事務所長が河川法上の許可及び砂利採取法上の認可をなすにあたっての基準として、専ら自己において使用することを目的として作成した内部文書であって、抗告人と相手方らの共同の目的・利用のために作成された文書とはいえない。

したがって、本件文書は民事訴訟法第三一二条第三号後段所定の文書にも該当しないものというほかはない。

四  以上のとおり、本件文書についての相手方らの文書提出命令申立は理由がないから、これを認容した原決定は相当でなく、本件抗告は理由がある。

よって、原決定中、本件文書の提出を命ずる部分を取消し、相手方らの本件文書についての文書提出命令申立を却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 中川臣朗 裁判官 緒賀恒雄 裁判官 永松健幹)

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